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【映画】死者と向き合う納棺師を題材とした良作「おくりびと」感想

日々、人間社会には人の死が溢れている。テレビをつけると著名人の訃報を知らせるニュースが流れ、大きな事故、災害においては「犠牲者は〇〇人」と報道される。死に至る背景を知る度、死者が増える度に、私は悲しい気持ちになる。
でも、何処か「他人事」として考えており、本当に悲しいのか分からなくなる時がある。やはり、メディアを通した分、人の死は遠く離れ現実味が薄れてしまうのだろう。
映画「おくりびと」は直接死者と向き合う納棺師という特殊な職業にスポットライトを当てた作品である。納棺師を通して残された人の心情を表現する、そんな難しい演出をやってのけた良作であった。

 

あらすじ楽団の解散でチェロ奏者の夢をあきらめ、故郷の山形に帰ってきた大悟(本木雅弘)は好条件の求人広告を見つける。面接に向かうと社長の佐々木(山崎努)に即採用されるが、業務内容は遺体を棺に収める仕事。当初は戸惑っていた大悟だったが、さまざまな境遇の別れと向き合ううちに、納棺師の仕事に誇りを見いだしてゆく。(「シネマトゥデイ」より)
 
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所感

「おくりびと」は死んだ人の人生を美化していなかった。死を描くとき、それを美しく脚色する必要はない。それ自身が特別だからだ。特別なものを表現するには特別な描き方をしなければならない、そう考えている人もいるかも知れない。でも、たまには特別なものを普通に描くのも良いんじゃないかと思う。

誰にでも平等に訪れる死、それは特別なんだけれど常に自分につきまとう嫌な存在。死は当の本人だけではなく、周りの人間にも大きな影響を与える。それが自分に近い人の死であれば尚更である。この映画では死の「特別さ」と常に側に在る「身近さ」を考えさせられる内容となっている。

 

主演は本木雅弘、その妻役には広末涼子といわゆる日本映画界では明るい道を歩いてきた俳優たち。

でも、この作品では過剰な表現は避け、抑えた演技が功を奏している。人の死をメインテーマに据えているので余計なシーンの挿入はしない、という訳ではなく程よい感じにジョークを展開する。この辺りが映画作りが巧いと感じさせる部分である。
また、その他にも山崎努、余貴美子、笹野高史などのベテランが脇をしっかりと固めており、十分見どころのある作品に仕上がっている。
 
本木雅弘が演じた納棺師の所作は各方面からも絶賛の声があがるほど完成されたものであった。確かに動きに無駄がなく、美しいとも思える動作はスクリーンから目が離せなくなる。映画を丁寧に作ろうとした姿勢が見える。洋画にはない、繊細で美しい日本映画にだけ許された情緒を感じた。
 
そして、そんな本木雅弘がチェロを演奏するシーンも忘れてはいけない。これがまた素晴らしい。役者があるべき姿を感じさせる。私はチェロに詳しくない。それでも、心から演じているのか付け焼刃なのかは分かる。良い映画には良いシーンが必ず有る。
 
 

印象的なシーン

妻が納棺師を勤める夫に向かって「さわらないで!穢らわしい」と叫ぶシーンがある。
当然、死体を触った夫の手が汚れているのではなく、死者を扱う仕事をしていることに対する発言である。
人は死(死者)を自分の側から離そうとする。実は生と死は表裏一体であり、決して遠い存在ではない。でも、元気に生きているから人ほど、死は遠い存在だと思い込んでいる。私もそうであった。
この印象的なシーンがあるからこそ、夫の納棺師の仕事を理解していく過程に感動が生まれるのである。
 
 

まとめ

この映画を単語でまとめてみた。
「生と死」、「チェロ」、「また、会おう」、「いってらっしゃい」、「記憶」
死と向き合える人は数少ない。誰だって死を自分の側から離そうとする。怖いから。
でも、時として死に向き合う事も大切である。何故なら、死はすべての人に平等に訪れるものだから。
 
byアホウドリ