これは私が大学生になりたての頃の話である。当時、大阪の田舎の高校を卒業したばかりの私は梅田のロフトにお洒落な文房具を買いに行った。それまでは文房具なんて使えれば良いと思っていたのに大学に入った途端これだ。いわゆる大学デビューというものである。
その帰り道に恐ろしい事件は起こった。
お洒落な文房具をゲットした私は嬉々としてロフトを出たのだが、其処でヤンキーらしき人物(1人)に声を掛けられた。
「おい」
まったく知らない人間から突然声を掛けられたのだから驚いた。しかも、ソイツは地面に寝ころび、目は虚ろで、発する言葉はひどく聞き取りにくかった。見た目も黒一色で統一された怪しい占い師の様な風貌であった。
私は周りを見渡したが誰もいない。どうやら私に話しかけているようだ。ロフト周辺とはいえ、平日の昼過ぎで閑散としていた。
私は念のため自分を指差して「俺ですか」って聞き直した。
「そう、お前だよ」
このとき、初めてこの人物がやばいことに気がついた。大体平日にロフトの前でへばっている奴なんてろくな奴がいない。酔っ払いか?と思いながら近づいていく。いや、これは恐らくシンナーだ。この脱力感は酒類の類が原因ではない危険な香りがした。ダークサイドに堕ちたかのような力のない眼光が印象的であった。
ソイツは「タバコ買ってきてくれ」と言ってお金を差し出してきた。
はぁ?と私は思った。そりゃ、そうだ。なんで、知らん奴のタバコを買わなければならんのだ。
しかし、高校を卒業して間もない子供と大人の間のような者がこの手の人間に逆らえる訳はない。それにソイツからは逆らうとヤバそうな雰囲気が感じ取れた。
私は何とか「自分で買いに行けば」という言葉を絞り出した。するとそいつは、寝ころびながら静かにこう言った。
「ぶっ殺すぞ」
その時の衝撃は今でも忘れない。親父にもそんなこと言われたことないのに、私は内心そう思いながらも、完全にイカれたソイツの迫力に押されたのだ。全身の血の気が引き、背中には大量の汗が噴き出していた。
これ以上断ると殺されるかもしれない。
現在(36歳) なら平然と無視できるが当時の私にはそんな勇気がなかった。相手は寝そべっているのに何故か断ると追いかけ回され、ボコボコにされる姿が頭を過ぎったのだ。
仕方なく金を受け取りタバコを買って、そそくさと奴の元に戻った。
※当時は未成年でもタバコが買えました。
するとソイツは「サンキュー」と言ってお駄賃としてジュース代をくれた。
私は金を受け取り逃げるようにソイツの元から去った。正直、気分の悪い金であった。厄払いではないが直様その金でジュースを買い飲みながら帰ったことを覚えている。
この一件以来「ぶっ殺すぞ」という言葉には一種のトラウマがある。それは面と向かって言われるだけではなくインターネットの書き込みを見ただけでも妙に嫌な気分になるのだ。あの虚ろな目で見られているかのような感覚。
だから、私の前で「ぶっ殺すぞ」なんて表現は止めてくれ。
じゃ。
byアホウドリ