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【読書】美しい生き様に心震わせる新感覚時代劇「ブラッド・スクーパ」(著:森博嗣)

今週のお題「わたしの本棚」

私は20年も前にホームセーンターで購入した木製の本棚を愛用している。確か1,500円ぐらいだった。

本棚は、漫画5、小説3、実用書2の割合で埋め尽くされている。かつては全てが漫画だったのだが、月日の移り変わりとともに変わっていったようだ。

しかしながら今現在も漫画が本棚の5割を占めている。これは私の無邪気な子供心から来たものではなく、名探偵コナン真っ青の「見た目は大人、頭脳は子供」状態、心身の乖離によるものだろう。時の流れは私の体だけを蝕んでいったようだ。恐ろしや。

 

さて、我が家の本棚の紹介はこれぐらいにしておいて、今回はオススメの小説をご紹介しよう。

 

オススメの1冊は「ブラッド・スクーパ」だ。

 

美しい。その言葉が似合う小説がこの「ブラッド・スクーパー」である。

作家・森博嗣といえば理系ミステリィを連想される方が多いのではないだろうか。確かに、代表作「すべてがFになる」を始め、理系に関する話・人物が登場する作品が多い。

しかし、今回ご紹介する「ブラッド・スクーパ」は、

 

な、なんと、時代劇である!!

 
森博嗣と時代劇なんて最も遠い存在だと思っていたが、これが素晴らしくマッチしている。日本人ですら忘れてしまっていた「和」の表現で剣に生きる若者の人生が美しく描かれているのである。
 
人が人として生きることの素晴らしさが伝わる渾身の一冊であった。
 

実はこの作品は「ヴォイド・シェイパ」シリーズの2作目にあたる。 勿論、1作目から読む事をお勧めする。

 

あらすじ

生も死もない。己も敵もない―「都」を目指す途上、立ち寄った村で護衛を乞われたゼン。庄屋の屋敷に伝わる「秘宝」を盗賊から守ってほしいのだという。気乗りせず、一度は断る彼だったが…。この上なく純粋な剣士が刀を抜くとき、その先にあるものは? Book」データベースから引用)

 

ブラッド・スクーパ - The Blood Scooper (中公文庫)

ブラッド・スクーパ - The Blood Scooper (中公文庫)

 

 

所感(と前作の粗筋)

主人公・ゼンは剣の師匠であるカシュウと山で二人暮らしをしていた。しかし、ある日カシュウが病死した事により一人山を下りて旅をする事になった。ある街を訪れた時に家紋の一家騒動に巻き込まれる。そこで「ハヤ」という女性と出会う。

ハヤを一言で表すならば「才色兼備」という言葉が適切であろう。森博嗣の作品には一癖も二癖もある登場人物が多い。その中でもハヤは真っ直ぐな力強さと知性を感じる生粋の日本人らしい女性として描かれている。これが実に良い。男性諸君はハヤの凜とした佇まいに惚れること間違いないだ。お恥ずかしながら私は完全に惚れてしまった。

 

時代劇なので随所に殺陣のシーンがあるのだが、流石は森博嗣と言いたくなるような完成度であった。斬った斬られたの表現に留まらず、決闘の最中、走馬灯のような心の緩やかな動きが巧く表現されていた。

ちなみに本作は単なる「人助け小説」ではない。悪を懲らしめてハッピー、ハッピー、イェーイで締めくくるだけではないのだ。

人を斬ることが侍の仕事である。ゼンは人を斬ることで斬られる側の立場にも身を置き、その者を理解し成長していく。

そう、斬られる者を唯の悪役で終わらすような事はしない、それが森博嗣が導き出した時代劇なのかもしれない。

 

心に響く美しい表現

この小説最大の魅力は「表現」だと思う。時代劇と聞くと一歩引いてしまう方もいるだろう。でも、この小説は大丈夫だ。何故なら日本人ならではの情緒あふれる表現が読み手の心を掴んで離さないからだ。

 

例えば、ゼンとハヤの対話シーン。ゼンは傷が癒えたので宿泊させてもらっているハヤに「明日にでも立とうと思っている」と打ち明けるシーンがある。

 

「お怪我が癒えたら 、お発ちになるのですね ? 」

「もう怪我は大丈夫です 。寝ていても 、歩いていても 、治り方は同じです 。明日にも 、発とうと思います 。今日は 、お葬式ですから 、それは見ていきたいと思います 」

「明日とは … … 」ハヤは目を閉じた 。

それから 、小さく首をふった 。

「いえ … … 、ああ 、何と言って良いのか … … 。こればかりは 、無理にお止めするわけにはいきません 」

「え ?泊めていただいていますが 」

「いえ 、そうではなくて … … 」

ハヤは 、口に手をやった 。

泣きそうだった目が 、そこで明るく 、笑う形になる 。

「可笑しい 。本当に 、貴方様といると 、こんなに楽しいのに … … 、どうして … … 」

笑った顔の目から 、遅れて涙が零れた 。

(「ブラッド・スクーパー」より)

 

このシーンは本当に素晴らしい。別れを惜しむハヤにゼンが発した言葉(ゼンは普通に答えたつもりだがジョークの様になってしまった)、これに対してハヤは思わず笑ってしまいそうになるのだが、やはり変える事のできない現実を悲しむハヤの心情が美しく表現されているシーンだ。何度読んでもぐっと来てしまう。 

この辺りが美しい小説だと感じたところである。

 

まとめ

所感では「ハヤ」の魅力について書いたが、それは主人公・ゼンの存在が大きく起因していると思う。

ゼンの侍らしからぬ振る舞いと卓越した思考が如何にも森博嗣が作り上げた人物だと感心させられる。

しかし、この作品はそんな主人公や特定の人物だけが一人歩きしておらず、人と人の繋がりを感じさせられる内容になっているのだ。

皆さんは読み終わった後、日本人として生まれた事を感謝するだろう。

さぁ、時代劇作家・森博嗣の世界にカモーン。じゃ。

 

byアホウドリ