最近、お笑い芸人が映画を製作するケースは珍しくなくなった。ビートたけし(北野武)や品川庄司、劇団ひとりが有名なところである。天は二物を与えず、という諺があるが、彼らを見る限りそういう訳ではなさそうだ。チクショー、才能が羨ましい。
ダウンタウンの松本人志(まっちゃん)は名実ともに日本を代表する芸人だ。つい先日、映画監督・松本人志が製作した「大日本人」を観た。これは国内外問わず多くの「酷評」を受けた作品である。
確かにあまりにも駄作だった。
あらすじ
大佐藤は6代目の「大日本人」として防衛庁から依頼される仕事で生計を立てていた。大日本人は、かつてヒーローとして人々に愛されていたが、時代の移り変わりとともに世間の目も冷ややかで厳しいものとなってきた。
ある日、大佐藤はいつもの通り防衛庁からの依頼で「変電場」に向かう。そこである儀式を行い大日本人に変身するのだが…。
あらすじでは期待できそうである。
しかし、
現実は残酷だ。
あらすじと本編の面白さは比例しない。これは駄作を観た事のある人ならば分かると思う。
芸人・松本人志の笑いのセンスは格別である。ジャストなタイミングでボケを投入できる数少ない芸人だ。あまりのタイミングの良さにテレビの前で観ている視聴者でもツッコミが出来るほどである。ちなみに私は大阪人だ。
しかし、そんな分かりやすいボケがこの映画には皆無である。正直よく分からなかったのでインターネットでいくつかレビュを検索してみた。驚くことに、その中にはシーン毎の詳細な説明をしているページもあった。こういった解説書なるものを読まなければ分からない映画はNGである。
私は「映画は伝わらなければ意味がない」という持論を持っている。伝わらない(心に響かない)映画ほど悲しいものはないのだ。
例えばサスペンス映画の鑑賞後、トリックに対する疑問が残るのは大いに結構、しかしトリック自体の「存在」が気が付かないような作りはNGだと思っている。この何気無いシーンには何かありそうだ、と思わせるのも監督の手腕の1つではないか。勿論、これが如何に難しいかは改めて言うまでもない。
そういったフリが全く分からないのが、この「大日本人」である。
何故、これほどまでに伝わらない映画を作ってしまったのか。彼の天才的なセンスのせいなのか、それとも「映画をぶっ壊したい」がための単なるエゴなのか。どちらにせよ大失敗であった。
私はよく子供と映画を観に行く。ドラえもんやクレヨンしんちゃんの映画はどの作品も素晴らしいと感じる。理由は簡単、誰が観ても楽しめるからだ。子供が楽しめるように分かりやすく表現しながらも、付き添いで来る親を蔑ろにしていない。
そう、実は付き添いの大人が楽しめるように大人へのメッセージがあるのだ。そのさり気なさは大人になって初めて気がつくものである。
それに比べると大日本人は映画自体が観客を受け入れる範囲が狭い。本来、映画が人を選ぶ事があってはいけないが、まさにこの作品は人を選ぶのかもしれない。その為、この映画の評価は賛否が両極端なのである。
最後に映画の感想と言いつつ全く内容に触れていないのは「本当に分からなかった」からである。
byアホウドリ